『いつでも会社を出れるように、どこでも通用するビジネススキルを磨いておきなさい』
これは、入社時、当時の部長から口酸っぱく言われた言葉です。皆さんも同じような事を言われた経験があるのではないでしょうか。
高度経済成長期を支えた終身雇用制度が崩壊しつつある今、自分の会社だけで通用するスキルだけ磨いていては、会社が倒産した時や不測の事態が起きた時に、柔軟に対応することができません。
では、そもそも、どこでも通用するビジネススキルとは一体何なのでしょうか?
この記事では、このビジネススキルとは何か?という問いについて考えて行きたいと思います。
ロバート・カッツのモデル
ビジネススキルの定義とは何なのか? これはなかなか難しい問いかけだと思います。
なんとなく分かるようで、一方で、あまりにも広範囲なスキルを意味するので、人によってイメージしているものが違うことは多々あります。
したがって、ビジネススキルの話をするときは、ある程度、目線合わせをしてから始めた方が良いかもしれません。
と言うことで、少し古いのですが、1955年にハーバード大学教授のロバート・カッツ氏が提唱した『カッツモデル』を使いながら、考察して行きたいと思います。
ロバート・カッツ氏は、企業のマネジメント層に求められるスキルを、1)テクニカル・スキル、2)ヒューマン・スキル、3)コンセプチュアル・スキルの3つに分類しました。そして、マネジメントの段階に応じて、必要とされるこれらの3つのスキルの割合が変わっていくことを図解しました。
百聞は一見に如かずということで、早速、以下の図解を見てください。

マネジメントのランク(職位)が上がっていくに従って、「1)テクニカルスキル」の面積は少なくなり、「3)コンセプチュアルスキル」の比重が大きくなっているのがわかります。面白いことに「2)ヒューマンスキル」は、どのランク(職位)でも、一定して必要なことがわかります。
この図が示すことは、経営層に近づいていくにつれて、より会社全体を把握する力、見えないものを見えるようにする力、そして、それらを誰にでも分かるように可視化する力、さらに、それを具体化して会社のアクションに落とし込む力が必要になるということです。
要するに、できるビジネスマンになるためには、現場の専門性を磨くだけではなく、会社としてのビジネスを考えられる力が必要になるということです。
さて、それでは、その3つのスキルについて、もう少し具体的に見て行きたいと思います。
テクニカル・スキル(業務知識・業務遂行能力)
まずはテクニカル・スキルです。別名ではオペレーションスキルとも呼ばれていて、専門性のある特定業務を行う際に必要になる知識や方法論などを指しています。
例えば、以下のようなものが挙げられます。その業務特有の知識・スキルに関するものから、それらを作業レベルで実行するためのPCスキル・IT活用までが含まれます。
- 業務遂行上の専門知識(特定業務のための知識、スキル、機材を使う能力等)
- 業務遂行上の一般知識(自社商品・サービス知識、法令・コンプライアンス等)
- PCスキル(タイピング、Word/Excel/PPT等)
- ITスキル(メール、Webツール)
- 業務処理能力
- 問題解決手法
- 財務知識
この中には、語学は含めていませんが、外資系企業などになれば、当然、英語もテクニカル・スキルに含まれるようになります。
なお、英語のスキルについては、担当者レベルの業務上のやり取り程度であれば、このテクニカル・スキルに留まると思いますが、マネジメントランクが上がって行くに連れて、海外の上位マネジメントとのコミュニケーション、信頼関係構築、そして、海外のパートナー会社との交渉という、より高度なコミュニケーション・スキルが必要になるので、以下の2)ヒューマン・スキル、3)コンセプチュアル・スキルにも該当してくると思います。
この辺りは、今、海外の取締役の直下のマネジメント層と私の上司たちのコミュニケーションを見ていて肌で感じるところです。
英語は直接的な表現が多く、日本語は婉曲的な表現が多い、と言われていますが、そんなことはなく、上位マネジメント層になると、相手に配慮した表現やコミュニケーションができないと、ビジネスマンとしての評価は得られないと感じます。
ヒューマン・スキル(対人関係能力)
次に、ヒューマン・スキルです。対人関係能力とよばれるスキルで、相手の表情・しぐさ・言動から、相手の真に考えていることやニーズを汲み取って、目的達成のために、相手に適切な働きかけをして行きます。
この相手というのは、プロジェクトマネジメントの用語では、ステークホルダー(利害関係者)に該当するかと思います。具体的には、お客さま、クライアント、お得意先などの社外の関係者はもちろん、上司、同僚、部下などの社内の様々な関係者も含みます。
そういったステークホルダーと良い関係を築いて、時には彼ら/彼女らの強力なサポートを得ながら、あなたのビジネスを前に進めて行く力、これがヒューマン・スキルです。
従って、具体的には、以下のような対人関係に関するスキルが該当します。
- プレゼンテーション/ネゴシエーション/関係構築力
- ファシリテート/コーディネート
- リーダーシップ/コーチング
- 人材活用力/人材育成力
まとめてしまうと、ありきたりなスキル名称になりますが、言葉とは裏腹に、ヒューマン・スキルは人によって色々な形があると思うので、非常に奥深いものだと思います。
特に、ファシリテートやリーダーシップ、コーチングや人材育成などは、その人の性格や人柄などに応じて千差万別のやり方がありますし、また時と場合と人に応じて、柔軟に対応して行く懐の深さも求められます。
このヒューマン・スキルは、これといった正解がない分、面白いスキルだと思いますし、自分のパーソナリティにあったスタイルを見つけて伸ばしていきたいところです。
コンセプチュアル・スキル(概念化能力)
さて、最後はコンセプチュアル・スキルです。これは概念化能力とも呼ばれるもので、断片的に散らばっている情報を集めて、組み替えて、起きている事象の全体像を復元することや、起きている表面的な事象を深堀りしていって、その問題の本質を見極めて、その解決策を導くこと等を指します。
冒頭で書かせていただいた、良く見えないものを見えるようにする力、です。
会社で働いていると、あちこちで、様々な問題が起きますよね。その問題を一つだけ見ていては何も気づかなかったりしますが、その一つ一つを丁寧に集めて行くと、ふと大きな全体の流れが見えることがあります。
以前、私はプロジェクトを横断的に支援するプロジェクト・マネジメント・オフィス(PMO)業務に携わっていた時があるのですが、その時いくつかのプロジェクトで起きた問題を繋ぎ合わせて行くと、一つの共通の組織上の問題点に気づく、ということによく遭遇しました。
一つ一つのパズルのピースを集めて、パズルの全体像をイメージし、それを可視化し、そこから次の打ち手を考えていく、ということが組織全体を見ていくマネジメントに求められるスキルなのだと思います。
そのためには、一つ一つのピースを集める情報感度が必須になり、また、そこから全体を把握するスキルも大事になります。例えば、以下のようなスキルです。
- 情報感度/情報収集力/発信力
- 全体把握力/状況把握力/将来予想力/将来予備力
- 構想力/先見性/確実性/具現化力/戦略具現化力
- 戦略立案力/計画立案力/課題認識力/課題把握力
- 課題設定力/行動力/推進力/洞察力/創造力/発想力
- 探求力/探索力/解決力/統括力/判断・意思決定力
特に、シニアマネジメントの方と一緒に仕事をしていて感じるのは、会社全体の大きな流れに常にアンテナを立てて置くことの重要性です。
例えば、組織変更などは分かりやすいと思います。
周りの同僚などは、自分のすぐ近くの部署の組織変更や人事異動にはとても興味なのですが、これがもっと上位階層やグローバル組織の変更、または、少し遠い組織の変更になると、途端に興味を失ってしまいます。
これがとても勿体無い。
組織が変わるということは、何かしらの戦略変更が決定された訳で、その戦略に合わせて組織を変更したということです。つまり、組織変更の裏には、会社の大きな戦略変更が隠れている訳です。
また、その組織変更によって就任したトップマネジメントを見れば、会社がどのようなことをしようと考えているのか推測することができます。
こういった大きな流れを横目に見ながら、現場まで降りてきた指示などを統合すれば、経営層が考えている意図を把握しやすくなります。
そして、その経営層の意図を汲み取りながら、自分の仕事をしていけば、より大局的な目線で良い成果物を生み出すことができると思います。
マネジメント職位を上げたければ、コンセプチュアル・スキルを
いかがでしたでしょうか。
カッツモデルは今から数十年前に発表された理論ではあるものの、今でも、マネージャー育成・評価の基本的な理論として活用されているスタンダードな考え方です。
確かに、当時よりもITテクノロジーの発展などで、必要なテクニカル・スキルの変化は著しいです。しかし一方で、コンセプチュアル・スキルは、テクノロジーがいくら発展しようが求められるものはあまり変わらないと思います。(もちろん、ヒューマン・スキルも同様ですが)
ということは、コンセプチュアル・スキルを伸ばすには、先人たちの知恵を拝借し、実践で活用して行くのが一番手取り早いということが言えます。
日本の経営者が読んでいる本に『孫子の兵法』『論語物語』などの中国の史書や日本や中世の戦記物が多いのは、こうした昔のリーダーや参謀、学者が持っていたコンセプチュアル・スキルが現代ビジネスを考える上でヒントになるからだと思います。
我々、若手社員も、マネジメント職位を上げたければ、目先のテクニカル・スキル向上だけではなく、もっと大局を見れるような書籍をあたってみるのも面白いかもしれません。