『チームメンバーが、3ヵ月先の仕事を考えている時、プロジェクトマネジャーは何をするべきだと思う?』
以前、私のプロジェクトマネジャーの師匠が、目先の問題解決に追われている私に向かって問いかけた言葉です。
師匠はこう続けました。
『プロジェクトマネジャーの仕事は、3年先を見ることだよ。そして、その3年先の未来に向かって、今のうちに布石をうっておくことだよ』
当時の私は、この言葉に目から鱗で、とても大きな学びを受けた覚えがあります。
この記事では、プロジェクトマネジャーと囲碁との共通点について考えていきたいと思います。
チームメンバーは3ヶ月先の仕事を見るが、プロマネは3年先の仕事を見る
みなさんの会社での3年以上の長いプロジェクトや仕事を想像してみてください。
そのプロジェクトは、うまく進んでいますか?
それとも、問題が発生して遅延していますか?
ある調査では、ITプロジェクトのうち、7割が納期遅延や品質上の問題を抱えており、そのうちの2割が中止に追い込まれているといいます。
これは、プロジェクトはスケジュール通りに進めるのは難しいもの、ということを示唆しています。
そんな中、もし、みなさんの周りの長いプロジェクトで、現在〜3ヵ月先で大きな問題が発生していないのであれば、それはプロジェクトマネジャーが優秀だからだと思います。
おそらく、ずいぶん前からプロジェクトマネジャーが手を打っていたから、大きな問題が起きていない状態が実現しているわけです。(たとえるならば、イチローはファインプレーが少なく、いつも難なくフライをキャッチしているのと同じようなものですね)
もし、プロジェクトマネジャーが目の前の問題解決に奔走しているだけだったら、どうなるでしょうか?
小さい問題だけなら、その場しのぎでなんとかなりますが、そのうち大問題が発生して、プロジェクトチームでは解決できないまま、大幅な納期遅延や大幅なコスト増を招くことになると思います。そして、プロジェクト延期か中止です。
どんなプロジェクトでも、始まった当初は、目に見えないタスクやリスクがあちらこちらに隠れています。そして、それらがプロジェクトに与える影響度も未判定だったりします。
その状態を放置して、プロジェクトメンバーと一緒になって、目先のことに囚われていると、上記のような大問題が起きた時に、取り返しがつかなくなります。
優秀なプロジェクトマネジャーが何をやっているかというと、目先の小さめの問題解決はうまくプロジェクトメンバーに任せ、自分は将来プロジェクトに致命傷を与える可能性がある問題に取り組みます。誰よりも早く、です。
イメージとしては、3年先を見据えたときに、いつ、どこで、大きな塊(あとあと問題になりそうなこと)が出てきそうかを考えて、その塊を今のうちから、どうやって小さくしておくか? と考える感じです。
3年ぐらい猶予があれば、どれだけ大きな問題でも、たくさんの人を巻き込めば、問題を小さくしておくことができます。
ところが、大きな問題なのに、3ヵ月しか猶予がないと言われると、もうお手上げ状態になってしまうのです。
だからこそ、私のプロジェクトマネジャー時代の師匠は、『お前は3年先を見るんだぞ、周りのメンバーと同じ視野・視座じゃダメだぞ』と教えてくれたわけです。
プロジェクトマネジャーの視野・視座は、時にはチームメンバーからは理解されにくいこともあります。
しかし、目先の利を取るよりも、大局を見て、もっと大きな利をとれるように布石をうつことこそ、プロジェクトマネジャーの本質的な役割であるのです。
そう、まるで囲碁を打つかのように。
そもそも囲碁とはどう言うゲームなのか?
囲碁は、2人の対人ゲームで、黒石と白石に分かれて陣取り合戦をするというシンプルなルールです。
囲碁と比較されやすい将棋は、序盤は決められた配置でスタートし、そこから一歩ずつ動いていくのに対して、
囲碁の序盤は、盤上の交点ならどこに打ってもよいという、なんでもありの自由なルールです。
まさに、自分で将来を見据えて、戦局を作っていく面白さがあります。このあたりは、プロジェクトマネジャーの仕事に似ているなと感じます。
さて、その囲碁ですが、実は4,000年以上も歴史があり、これまでも主要な偉人たちに愛されてきた戦略ゲームなのです。
囲碁の起源 ( 紀元前2 千年~前千年頃 )
囲碁のはじまりは、四千年ぐらい前の中国と言われています。ただ、中国ではなくインドやチベット発祥の異説もあり、はっきりしたことはわかっていません。(中略)
紀元前770~前221年ころ春秋・戦国時代には、囲碁は戦略、政治、人生のシミュレーションゲームとして広まったようです。
日本棋院 囲碁の歴史
「布石(ふせき)をうつ」 = 「将来を先読みし、後の戦いに有利な場所に碁石を配置しておく」
我々が日常的に使っている言葉には、意外と囲碁用語が入っていたりします。例えば、以下のように。
- 「駄目(だめ)」は、石を置いてもお互いに得にも損にもならない場所のこと。
- 「定石(じょうせき)」は、自分も相手も最善になる一定の石の置きかたのこと。
- 「玄人」は、強者が黒い石を使うという風習がルーツ。対義語は「素人」。
- 「八百長」は、八百屋をやっていた長兵衛が囲碁で手を抜いたというエピソードがルーツ。
- 「死活問題」は、「死活」という囲碁において重要な概念がルーツ
いかがでしょうか、八百長などは囲碁用語とは知らなかったという方は多いのではないかと思います。
そして、我々が仕事でも使う囲碁用語に、「布石(ふせき)を打つ」という言葉があります。
「布石を打つ」というのは、囲碁の序盤で、あとの戦局のために要所に石を配置することを意味します。
この囲碁用語から転じて、日常生活でも、将来を先読みして準備しておくという意味で使われるようになりました。
私が幼少期に祖父と囲碁をやっていた時の話なのですが、まさに布石をうたれて大負けした経験があります。
どんな状況だったかと言うと、碁盤の左隅で陣取り合戦をやっていて、1つの碁石の置き方で生死が決まる瀬戸際の状態にも関わらず、祖父はその戦いとは距離の遠い場所に、石をポツンと置いたのです。

当時の私は、『なんで目の前の戦いに関係ないところに石を置くんだろう。まあ、いいか、それでは、この陣地を美味しくいただいてしまおう』と思って、私は目の前の戦いにリソース(碁石)を使ったのです。
ところが、数十手ほど進んだ後、そのポツンと置かれた碁石がなんとも存在感を出してきて、結局、祖父の打った、そのたった1つの碁石のせいで、私は残りの陣地をほとんど確保できずに試合に負けてしまったのでした。
祖父は目の前の戦いで8割ぐらい陣地を取れたなと思ったら、後の2割は私に気前よく渡す代わりに、もっと大きな陣地を狙いに行ったのでした。
祖父は目の前の戦いをやりながら、同時に将来戦いの場になるであろう場所にも、着々と碁石を配置していたのです。
つまり、局地戦をやりながらも、全体として勝つための準備を進めていたのです。
これ、今思えば、プロジェクトマネジャーの師匠が言っていた、『目の前の仕事をしている時に、3年先を見なさい』という言葉と同じだなと思いませんか?
大局を見ながら戦うとは、目の前の戦いを繰り広げつつ、同時に、将来起こるであろう別の場所の戦いを想像しながら、今、布石をうっておくことなのだと思います。
そして、この打ち手は、一見すると、ほかのメンバーからはよく分からないものだったりするものです。
【囲碁に学ぶ】仕事やプロジェクトマネジメントに活かせること
囲碁は単なるゲームと思う人もいるかもしれません。しかし、囲碁は、武田信玄、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康などの名だたる戦国武将たちにも愛された戦略ゲームです。
戦国武将たちは、囲碁というゲームの中に、実戦で使える考え方や戦略を見出していたのだろうと思います。
以前、カッツモデルというビジネススキルの話を書きましたが、それと同じで、マネジメントの上位階層は、概念的能力(コンセプチュアル・スキル)が高いので、一見異なる分野でも、そこから色々な気づきを得ていきます。(戦国武将として、大局を見ながら自分の領地を広げていくには、この概念的能力は必要なものだったはずです)
ということで、我々も戦国武将を想像しながら、囲碁の視点や考え方を学んでみるのも面白いのではないでしょうか。たとえば、以下のように。
- 全体の目配り: 今注目している場所以外にも、手薄な場所がないかどうかを見れるようになる
- 大局観: 全体の目配りをしたうえで、ずっと先に起こるであろう別の場所の戦いを先読みすることができるようになる
- 小を捨てる覚悟: 大局観を持って、いま起きている小さな問題を捨てることができる。
- 判断力: 小を捨てて、もっと重要で大きなリターンがある場所にリソースを割くことに迷わなくなる
今回は囲碁を事例に取り上げましたが、一見ビジネスから遠い分野でも、その視点や考え方を取り入れることは、創造的なアイデアを出す上でとても大切です。(要するに、アナロジーによる類推)
みなさんが、囲碁やその他の戦略ゲームから学んだことは何でしょうか?