昨今、日本企業の海外大型M&Aのニュースを目にすることが増えてきました。
ある人は『これはお互いのビジネスを補完する良いM&Aだ』と言えば、別の人は『これは高値掴みの買収で、お金をドブに捨てるようなものだ』と評し、賛否両論が飛び交っています。
そのような評価が難しい海外大型M&Aですが、私はあまりニュースで触れられない買収先の○○にこそ、海外M&Aの成功の条件があると感じています。
筆者は現在(執筆時2021年4月)、グローバル企業の駐在員として、アメリカの会社に赴任しており、約400億円の研究開発予算を管理するファイナンス・ポートフォリオ・リードとして、日々、シニアマネジメントやプロダクトリーダーと働いています。
この記事では、筆者がまさにアメリカの現場で、買収先企業との業務統合に従事した体験を踏まえて、企業買収の成功条件をお話ししたいと思います。
買収企業の価値向上に必要な条件は相手先の優秀な人材である

結論から言うと、海外企業の買収で重要になってくるのは、相手先の優秀な人材の確保です。
そして、これが企業買収のもっとも予測不可能で評価が難しい部分なのではないでしょうか。
順を追って説明していきます。
まず、海外大型企業買収する際は、基本的に、日本国内または海外の投資銀行、証券会社等のコンサルティングを受けながら進めることになります。そして、M&Aによるシナジー効果と将来の企業価値は数値として算出されます。
その結果は基本的にポジティブなものになっているはずです。そもそも、端にも棒にも引っかからない案件は提案されるはずがありませんから。
そして、それらの数値は当然、説明されれば納得の行くものになっているはずです、理論的には。
その数値には、現在の企業の有形・無形資産、売上規模、成長率、競合他社の動向などが加味されているでしょう。日本企業の社長・取締役はその理論的な結果を意思決定の材料にしていきます。
ただ、その数値の中で、隠れたパラメーターがあると私は思います。
それが、冒頭で述べた、相手先企業の優秀な人材なのです。
その買収企業の成長の裏には、その事業を牽引してきた優秀な経営陣・管理職がいるはずであり、
将来の成長率の数字には、彼らが企業に残っているか、または、同等の優秀な人材が外から入ってくるという前提が隠れているのです。
そして、残念ながら、その前提が企業買収後に崩れてしまうことがほとんどなのです。
海外企業買収後、放っておくと、優秀な人材は逃げて行く

日本の会社同士の買収では、人材の流動性についてはさほど懸念にならないでしょう。
なぜなら、未だに年功序列・終身雇用制度は根強く残っており、仮に上司が他社の上司になってしまっても、そんなに簡単に会社を辞めて行かないからです。
一方で、欧米では人材の流動性が高く、自分の会社がよく分からない日本の会社に買収された場合、すぐに別の欧米の会社を探すのがごく当たり前です。
もちろん、その日本の会社が全世界でも認知されているブランドが確立されている会社であれば話は別です。TOYOTAなどのグローバルカンパニーなどです。
しかし、そもそも、海外の大型買収をしようとするのは、海外の売上比率をM&Aで補完しようとする意図です。となると、自社の名前が海外で知られていないケースが大半でしょう。
つまり、買収先の従業員は、よく知らない日本の会社に買収され、その会社の上司たちの指示を聞いていかないといけなくなるわけです。そして、場合によっては英語がノンネイティブな上司だったりもするわけです。
そんな状況下で、いったい誰がその会社に残りたいと思うでしょうか?
優秀な管理職は、もっと自分の力を発揮できる場所を探したいと思うのは当然だと思いませんか?
そして、これまでその会社の業績を支えてきた優秀な管理職は欧米の競合他社にどんどんヘッドハンティングされ、また、野心のある将来有望な若手人材も転職していきます。
残るのは、現状維持を良しと考え、指示通りに動くだけの人材です。
そんな人材たちだけ残ったとして、これまで築き上げてきた、研究・開発技術、プラットフォーム、売上基盤を成長させて行くことができるでしょうか?
答えは否です。
優秀な人材抜きに、事業成長はできません。
投資銀行や証券会社が算出した企業価値には、確実に将来の成長見込みが含まれていますが、その将来の成長を生み出す人材は、企業買収したあと半年もすればいなくなってしまうのが普通なのです。
買収前に、その会社がまだまだ成長していくという見込みを立てているのであれば、相手先の優秀な人材について検討をしておく必要があります。
さもなければ、理想と現実のギャップに苦しむことは確実です。
海外大型買収を成功させる2つのシナリオとは?

では、その理想と現実とのギャップを回避できるケースとは、どんな時でしょうか?
2つあると思います。
まず一つ目はシンプルです。
企業買収の目的が、その会社の人材や継続的な成長ではなく、単に技術、資産、またはプロダクトのみであること。
つまり、入手した技術は、自社の社員達でさらに発展させるだけの土壌を持っており、
入手したプロダクトは、自社の販売網で十分に販路確保・売上を増やすことが出来る見込みがあり、
相手先の人材がやめていっても、事業成長に問題ないという想定です。
とはいえ、このパターンはなかなか少ないでしょう。
そもそもの買収の目的が、自社で経験のない技術やプロダクト・販路を獲得しようというものだからです。
これが海外企業の買収が難しい理由です。
では、もう一つは何かというと、
相手企業の人材が残ろうと思えるような優秀な経営陣・管理職を自社に揃えておく、ということです。
つまり、グローバル人材です。
グローバル人材とは、日本人とかアメリカ人とか、そういう人種は関係なく、単純に、いろいろな国籍・人種・文化を背景に持つ人と仕事ができる人材です。もちろん、専門知識に加えて、人間性とリーダーシップが必要不可欠になります。
そういった管理職を揃えたうえでの海外企業買収であれば、相手先の人材をうまく取り込んで企業価値を高められる可能性が飛躍的に上がります。
つまり、何が言いたいかと言うと、海外の大型企業を買収するにあたって、ちゃんと自社の組織に優秀なグローバル人材を揃えることができていますか?
ということです。
企業買収をする前に、どこまで自社の人材に投資をしてこれたのか?
これが非常に重要なのです。
事例:私の会社の海外企業買収

さて、私の会社の例を挙げると、上述したシナリオの2つ目でした。
うまく相手企業の優秀な人材を自社に融合したのです。その融合方法も見事だったと言わずには入られません。
例えば、私はファイナンス組織のトップは相手先の人材に変わりました。まさか買収した企業の人が自分の組織のトップになるとは思いませんでした。
正直に言うと、相手先の企業のやり方を自社に持ち込まれてくるので、『これじゃあ、どっちが買収したのか分からないな』と当初は感じていました。
しかし、結果的にこれが正解でした。
その後、2年経ちましたが、相手先の優秀な人材がしっかり残っています。そして、一緒に働いてみて、彼らは専門性、人間性、リーダーシップ、どれをとっても超一流の人材だと感じます。
そして現在、買収元、買収先の人材がお互いに補完しあって、一枚岩となって仕事をしています。アメリカの現場で働く身としては、人材確保と事業成長という点では確実に成功していると実感しています。
買収先の人材を敢えて、自社組織の主幹ポストに配置する。
当時の経営陣たち(ほとんど外国人です)の統合プランは、人材の定着という観点も熟慮しての計画・判断だったのだと思います。
逆に言うと、買収企業という立場で物事に当たっていたら、相手先の優秀な人材がいなくなり、とんでもない状態になっていただろうなと恐ろしくも思います。
例えば、私のファイナンスという組織でいえば、企業統合前の財務データの分析や外部監査対応、税務対応などは、相手先のトップマネジメントが残ってくれているので、何の憂もなく対応できています。
まとめ:日本オリジンのグローバルカンパニーが増えていくために

日本企業の海外大型企業の買収のニュースを見るたびに、こう思います。
- 買収先企業を統合できるだけのグローバル人材を揃えているのだろうか?
- 経営陣は、相手先の優秀な人材に残ってもらう統合プランを描けているのか?
日本企業の海外企業の買収の成功は、1から2割程度と言われています。
それほど、海外の企業・風土・人材を自社に統合して、企業価値を統合前以上に高めていくのは難しいのです。
そして、そのために必要不可欠なのは、多様性を身をもって経験し、それを仕事という場で成果に結びつけることができるグローバル人材です。
世界で戦える日本オリジンのグローバルカンパニーが増えていくには、まず、グローバル人材が増えていく必要があるのではないでしょうか。