筆者は現在(執筆時2020年12月)、アメリカの会社で働いているのですが、取締役やその直下のシニアマネジメント層ほど、戦略的な観点での質問をしてくるように感じています。
例えば、「それ本当にいるの?」「なんでそれが必要なの?」「もっと良い戦略を練ってきなさい」など。
そもそも、戦略とは何なのか。
戦略という言葉を考える時、日本で働いていた時のプロダクトリーダーNさんの言葉を今でも思い出します。彼はこう言いました。
『俺は孫子の兵法が好きでよく読んでいるんだけどさ、「戦略とは、戦いを省略すること」なんだよね。そして、それがプロダクトリーダーである俺の仕事ね』と。
この記事では、事例を交えながら、良い戦略とは何か? 良い戦略を立てるためには何を考えればよいかを考察していきます。
事例:プロダクトリーダーNさんの言葉『戦略とは、戦いを省くことだ』

私が日本でファイナンスの仕事をしていた時、担当していた大きめのグローバルプロダクトで大きな問題が起きました。
狙っていたマーケット環境が変わってしまい、プロダクトの開発方向を軌道修正する必要が生じたのです。
しかし、そのプロダクトは、アメリカのパートナー会社と戦略的提携をしていたので、軌道修正するためには、アライアンスパートナーとの契約変更、自社の最高意思決定会議体からの承認取得、という2つの大きなハードルを越える必要がありました。
そのプロダクトは、ローンチするエリアを増やすごとに、パートナー会社に20億円の支払いを行う契約でしたので、起動修正するということはすなわち、支払い金額の増加が避けられなく、自社のシニアマネジメント層からの厳しいチャレンジが想定されていました。
そこで、そのプロダクトリーダーが何をしたかと言うと、法務担当者も巻き込んで契約書の条項を洗っていき、プロダクトチームとも実現可能性について協議を重ね、
最終的に、契約書上では、ローンチするエリアを増やさない提案を作りあげたのでした。
この契約書の新提案は、アメリカのパートナー会社にも交渉の上、納得してもらえたことから、結果的に、自社コストの微増だけに留まり、社内への意思決定会議体への承認も不要になったのでした。
そして、それらの問題が片付いた結果を、アメリカの事業部本社に報告しようと一緒に資料を作りながら雑談をしている時にプロダクトリーダーNさんが言っていたのが以下の言葉なのです。
当時の私は2つのポイントに感銘を受けました。
一つは、なるべく要らない戦いをしない、という考え方です。
軌道修正が必要になった場合、真っ向から社内の意思決定会議体に、スコープ変更・予算増額の提案をぶつけていく道もあります。ただ、それだと否決される可能性があります。
もし否決された場合、これまで頑張ってきたプロジェクトメンバーの努力は水の泡になるし、アメリカのアライアンスパートナー会社との信用も失う可能性があります。つまり、誰も特をしないのです。
二つ目は、戦いを省くのがリーダーの仕事だ、という考えです。
この考えを持っているリーダーの下で働けるメンバーは幸運です。
というのも、私の経験上、ゴリゴリ進めていくリーダーや普通のリーダーの場合、戦いを省くのではなく、真っ向勝負の道を選択していくからです。
むしろ、「リーダーとはシニアマネジメントと戦うことだ」と誤解しているような無鉄砲な人もいます。そんなリーダーは、たとえ成功確率が50%でも、果敢にせめていき、結果、負けます。
一方で、本当に優れたリーダーというのは、戦い自体を省いてしまって、成功確率を100%にしてしまうのです。
そうすると、プロダクトメンバーが働いた分は無駄にならないし、メンバーもこのリーダーならついて行こうと強く思うのです。
人を率いる立場にいる人ほど、戦略の意味を正しく理解し、良い戦略を立案することがクライアント、自社、プロジェクトメンバーにとって必要なことだと強く思います。
そもそもの戦略(ストラテジー)の意味・定義とは?

ここで、一度、戦略の意味と定義について、見ていこうと思います。
Wikipediaによると、戦略は以下のように定義されています。
「戦略とは、一般的に特定の目的を達成するために長期的視野と複合思考で力や資源を総合的に運用する技術、科学である」
引用:Wikipedia
戦略とは、もともと戦争術という大きな括りから、戦略と戦術という二つのカテゴリーに分化した考え方です。
その戦略という言葉が世界で最初に提唱されたのは孫子と言われています。「孫子の兵法」は未だに現代のビジネスパーソンの必読書になっているのは言わずもがなでしょう。
戦略という考え方は、様々な時代、地域、分野によって研究・報告されてきたことから、細かく定義していくと、その意味合いは時と場合、そして文脈によって様々だと言えます。
例えば、我々日本人は、中国から伝わってきた戦略という漢字を知っているので、戦を省略すること(戦わずして勝つ)だと解釈する場合もあります。
一方で、戦略に該当する英語の「strategy」では、「特定の目的に対する枠組みや方向性」を指しており、これを厳密に日本語訳にすると「方策(シナリオ)」ということになります。
ですので、英語圏でのストラテジーは、もっと大きな括りとしての「方策・シナリオ」といった意味合いで使われています。
戦を省いて勝つというのも、シナリオのうちの一つなわけですから、一般的な意味での戦略は「方策・シナリオ」であり、良い戦略とは「戦いを省くことができるシナリオ(孫子のいう戦略)」と私は解釈しています。
これを我々のビジネスパーソンの仕事に置き換えて考えると、
戦略とは、仕事の目標やゴールを達成するためのシナリオであり、
例えば、
- 仕事の目標を達成するために、何をやるか
- 仕事の目標を達成するために、何をやらないか(何を省くか)
- その何かのために、いつまでに、どこで、どこまでのリソース(モノ、人、カネ)を投下するか
などを具体的に定めたもの、と言えるのではないでしょうか。
戦略・ストラテジーを立てる時のポイントは【制約条件】だ!

先ほどのプロダクトの事例に戻ります。
戦いを省くために、プロダクトリーダーNさんがしたことは、パートナー会社との契約で縛られている条項を洗い出して、その条項をパートナー会社と自社の両方が納得できる形で改変したことでした。
契約内容とは、つまり、プロダクトの「制約条件」です。
プロダクトリーダーは、「この制約条件を外すことができれば、戦いを省くことができるかもしれない」と考え、それを実行したのでした。
つまり、まとめると、以下のような思考プロセスになります。
- 戦略とは、仕事の目標やゴールを達成するためのシナリオである
- シナリオとは、具体的にはゴールを達成するために何をやるか、何をやらないか(何を省くか)
- 何をやるかというのは、制約条件に縛られている
- もし、制約条件を取っ払うことができれば、その何かを省ける可能性が出てくる
- それを省ければ、プロダクトのゴールを効率的・効果的に達成できる
いかがでしょうか。
プロダクトリーダーNさんは、戦を省くために、契約書の条項という制約条件に着目し、そこを外しに行ったのでした。
制約条件は、契約書に限らず、様々なものがあります。
例えば、
- 与えられた予算
- 指定された納期
- 要求されている成果物のクオリティ
- 守るべき規制要件(会社法、建築基準法、薬事法など)
- 工場の生産性(ラインの1日あたり生産量、機械の性能)
- プロジェクトメンバーの生産能力(アサインされたメンバーのスキル・経験)
などです。
プロダクトリーダーに限らず、我々ビジネスパーソンの日々の仕事でも戦略的思考が求められます。
そして、良い戦略とは、なるべくいらない戦いを省くことだと私は考えています。その方が、予算も減り、納期も短くなり、プロジェクトメンバーの工数も減ります。
そして、戦いを省くためのポイントは、「省こうと思った時に何が制約になっているか?」を突き止めることです。
あなたの明日からの一つ一つの仕事でも、一度、「そもそも何が制約条件になっているのだっけ?」と考えてみてはいかがでしょうか?
きっと、要らない戦いを省ける可能性が見えてくると思います。